理系脳で紐解く日本の古代史

既存の古代史に挑戦!技術と交通インフラを軸に紀元前2世紀頃から6世紀頃までの古代史を再考する!

古代史本論・3世紀まで

65 3世紀頃までの九州北部・山陰の東西交易(2)

<宍道湖北岸の蕎麦畑> 前回の続きですが、古代の出雲と因幡について補足します。 出雲政権はあったのか? 古代史を検討する際に避けて通れないのは、「出雲の隆盛と国譲り」に関する論考です。 まずは、「3~4世紀の大和政権誕生に先立って、西日本全域…

64 3世紀頃までの九州北部・山陰の東西交易(1)

<大社湾越しに三瓶山遠景> 第38・40回ブログで、日本海側における「広範囲にわたる潟湖の存在は、朝鮮半島との南北交易を地域間の東西交易に転換でき、古代の日本海文明において重要な結節点の役割を担ってきた」と記しました。 今回は、紀元前1世紀頃か…

63 玄界灘沿岸のクニグニ・半島との交易(2)

<平原1号墓(福岡県糸島市)> 前回の続きです。 2世紀頃の九州北部 玄界灘沿岸のクニグニは、朝鮮半島との交易によって栄え、2世紀に向けて伊都国を中心にまとまっていきます。 その中心的な集落は、まず紀元前後の三雲南小路遺跡で、続いて1世紀頃の…

62 玄界灘沿岸のクニグニ・半島との交易(1)

<着陸寸前の機内から海食崖の続く対馬を望む> 紀元前の古代シナや朝鮮半島の人びとが、九州北部を「倭国」や「倭人のクニ」と認識していたかどうかに関係なく、九州北部にムラが生まれ、やがてクニに成長し、それらのクニグニが朝鮮半島と交易をしていたこ…

61 クニの始まりと倭人について

<鏡山頂上から虹の松原を望む(唐津市)> <夫れ楽浪海中に倭人有り、分かれて百余国と為る。歳時を以て来り献見すと云ふ>。 これは『漢書地理志』に記された有名なフレーズですね。シナの史書における「倭人」という言葉の初出とされます。 多くの古代史…

60 水田稲作の伝来・伝播 

弥生時代とは? 藤尾慎一郎氏による『弥生時代の歴史』は、紀元前10世紀頃から紀元後3世紀頃までの日本列島の状況を知ることができる良書です。 今回は、同書からの抜粋を中心に、池橋宏氏の稲作渡来の論考も加味して、九州北部と本州における弥生時代の景…