理系脳で紐解く日本の古代史

既存の古代史に挑戦!技術と交通インフラを軸に紀元前後から6世紀頃までの古代史を再考する!

24 倭国大乱は鉄をめぐる広域戦争だったのか

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 第18回ブログの「政治連合(共立)説」でも言及しましたが、通説では、2世紀後半頃の日本列島で、鉄の入手をめぐる広域戦争が発生したとされています。「鉄資源の獲得」や「鉄の交易路掌握」をめぐる争いです。根拠は、『魏志倭人伝』に記載のある倭国大乱です。
 ただ、この広域戦争説には反対論も根強いですよね。筆者も反対です。

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23 集住化・集権化の要件

f:id:SHIGEKISAITO:20190725172633j:plain <コスモス>

  前回、ムラやクニが、国になり中央集権国家へと態様を変えながら集約していくプロセスと集住・集権規模に言及しました。ムラから始まり、次々と段階を踏んでいくための要件を考えてみましょう。

水辺の地⇒ 交通インフラの整備⇒ 専門特化層の充実
 集住は、水のあるところに人が移り住むところから始まったと考えられます。最初は十数人から数十人規模で、数家族がまとまるレベルでした。

 縄文、弥生時代前半の人々も、まず生命維持に必須の「水辺の地」に居を構えたことは間違いないでしょう。

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22 ムラ・クニ・国(地域国家)・中央集権国家

f:id:SHIGEKISAITO:20190725172526j:plain <彼岸花>

倭国という表現
 当然ながら、古代の日本列島には「日本」と称した国はありませんでした。にもかかわらず万世一系の思想のように、紀元前から一貫して今のような枠組みがあったかのような古代史も存在します。しかしそれは意図的に設定された枠組みに過ぎません。
 田中史生氏は「そのことを意識した『日本古代史』と、それに無自覚な『日本古代史』では、その歴史像や今をみる眼差しに相当大きな違いが出る」といいます。
 このことの大切さを十分に認識したうえで、当ブログでは、縄文の昔から現代までほぼ一貫して侵略されることのなかった日本列島に関わる表記は、あえて便宜的に「日本」と表記することにしています。

 古代史研究者が好んで使う「倭」や「倭国」という表記は、古代シナが、当時日本列島にあった政治勢力や国家を指して用いた呼称で、しかもその範囲や実体が明確ではありません。そのうえ侮蔑感もあるので、日本人がこれを好んで使うことはないのではないでしょうか。

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21 縄文晩期の人口激減をY染色体解析で裏づけ

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 本年(2019年)6月17日、英国科学誌『Scientific Reports』に、「Analysis of whole Y-chromosome sequences reveals the Japanese population history in the Jomon period」のタイトルで「現代人のY染色体解析によって縄文期の人口減を裏付けた」とする論文が掲載されました。

 プレスリリースをもとに下記に要点を記します。

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20 2~3世紀頃の人口

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 歴史人口学を専門とする鬼頭宏氏の著書に、日本の人口の変化を詳しく綴った論考があります。縄文から弥生時代にかけての人口推計は小山修三氏の研究がベースになっているようです。今回はこれをもとに、古代の日本列島の姿をイメージしてみたいと思います。

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