理系脳で紐解く日本の古代史

既存の古代史に挑戦!技術と交通インフラを軸に紀元前2世紀頃から6世紀頃までの古代史を再考する!

74 邪馬台国大和説と銅鏡

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 考古学界では、三角縁神獣鏡に関する次のような説が根強く語られてきました。
 畿内で集中的に出土した三角縁神獣鏡は、卑弥呼が魏から下賜された銅鏡100枚に違いない。したがって邪馬台国は畿内にあったに違いない……と。

 しかし近年、三角縁神獣鏡は下賜された銅鏡100枚ではないことがほぼ確実になってきています。
 それはヤマト王権によって大和地域で作られ、各地に運ばれたものであることに異論の余地がなくなってきているからです。
 代わりに、大和地域で多く出土する画文帯神獣鏡こそが下賜された銅鏡に相当するので、邪馬台国は大和地域に存在したに違いないという議論が始まっています。
 今回は、これらの銅鏡をめぐる議論ついてレビューしてみます。

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73 『魏志倭人伝』と『記・紀』から読み解く邪馬台国

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 第71回ブログで言及した「古代シナ人の世界観」からすれば、『魏志倭人伝』に記された邪馬台国までの距離や方角にとらわれることは、全く意味のないことになってしまうのですが……。
 そうは言っても、(距離や方角の記事以外で)所在地の推定に有効と思われる部分だけを切り取ってみたらどういうことが言えるのか、今回は違う角度から所在地についてもう少し掘り下げてみます。

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72 倭国大乱の実像

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 「倭国大乱」はどの程度の規模だったのだろうか。これについては諸説あり、見解が分かれています。
 九州の吉野ヶ里遺跡をはじめ複数の弥生遺跡からは、矢じりが刺さったままの人骨や首から上が無い人骨の入った甕棺が発掘されており、山陰の青谷上寺地遺跡でも刀傷のある人骨などが発掘されています。
 それらの傷がクニ同士の戦闘を示しているのか定かではありませんが、人を殺傷する行為そのものは起きていたことがわかります。
 この殺傷痕を根拠に倭国大乱について、九州北部地域内の局地戦闘とする説だけでなく、出雲と畿内のあいだの戦闘、あるいは九州北部から畿内山陰山陽にかけての広域戦闘だったとするなど、いくつかの説があります。

 現在の有力説では、瀬戸内海地域の高地性集落遺跡(山頂等に営まれた城塞的な集落の遺跡)も根拠にあげて、九州北部から畿内までを含む西日本広域戦闘だと言うのですが、真相やいかに? 

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71 古代シナ人の世界観

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 前回、邪馬台国の所在地の謎を解明するには、『魏志倭人伝』が書かれた当時のシナの地理観・世界観・天下観を確認してみる必要性に触れました。
 筆者は、邪馬台国の所在地を検討する場合は、これから述べる内容を一丁目一番地として、すべての研究者が共有すべきではないかとさえ思っています。

 

『東夷伝』執筆当時の古代シナ人の世界観
 古代シナの世界観について、仁藤敦史氏と吉松大志氏の論考を参考にしながら纏めてみます。
 仁藤氏は邪馬台国の位置は、倭人伝が含まれている『魏志東夷伝』全体の「序」に書かれた当時のシナの地理観・世界観・天下観を前提に考える必要があるといいます。

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70 邪馬台国はどこにあったのか?

f:id:SHIGEKISAITO:20201201150324j:plain <佐賀平野を吉野ヶ里遺跡へ向かう(前方は脊振山地)>

 令和3年になりました。
 初夢というわけでもないですが、正月にふさわしく、「楽しい?」テーマを取り上げてみようと思います。
 筆者は、日本の古代史を俯瞰する際、邪馬台国の所在地はもちろんのこと、邪馬台国の存在そのものについてもあまり重視していません。しかし、世の中の喧騒をよそにまったく触れずに過ごすわけにもいかないので、今回から数回は邪馬台国関連ということで綴ってみます。

 筆者が「邪馬台国」に関心を持つようになったのは2009年、「一宮めぐり」を始めた直後ですが、奈良の「大神(おおみわ)神社」に参拝した折、箸墓古墳が卑弥呼の墓所だという論拠に違和感を持ったことがきっかけです。
 そして、2012年秋、「一宮めぐり」の一環で九州各地を訪れた際、吉野ケ里遺跡と西都原古墳群を見学したことで、いよいよ「邪馬台国」への関心が強くなりました。

 その後、精力的に研究しましたが、所在地を大和盆地に比定しようとする考古学者を中心とした強引で不毛な動きに嫌気がさし、今や筆者の中では大きな関心を占めるテーマではなくなりました。
 古代史のブログを始めたので、今回、久しぶりに今まで蓄積したことを綴ってみようと思った次第です。

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