文字の古史料
日本人が文字に接触してから使いこなすまでの歴史は、おおよそ以下のような経緯をたどったと想定されます。
まずは接触のエビデンスです。
• 西暦57年===志賀島で発見された金印に刻まれた「漢委奴国王」の文字。
•1~2世紀====弥生遺跡から出土した銅銭に鋳出された「貨泉」の文字。
この二例は確かに漢字の伝来ですが、漢字の「伝来」と「使用」とはまったく次元が異なります。
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日本人が文字に接触してから使いこなすまでの歴史は、おおよそ以下のような経緯をたどったと想定されます。
まずは接触のエビデンスです。
• 西暦57年===志賀島で発見された金印に刻まれた「漢委奴国王」の文字。
•1~2世紀====弥生遺跡から出土した銅銭に鋳出された「貨泉」の文字。
この二例は確かに漢字の伝来ですが、漢字の「伝来」と「使用」とはまったく次元が異なります。
続きを読む人類進化の大きな画期となった「ことば」の発明
人類は、「ことば」が使用される以前、意思疎通を表情、身振り、叫び声でやり取りしていたわけです。ノンバーバルコミュニケーションですね。
アメリカの心理学者メラビアンが実験したところによると、意外なことに、話し手が聞き手に与える影響のうち、視覚情報が55%、聴覚情報が38%を占めていて、言語情報はわずか7%に過ぎなかったようです。
先日、当ブログに関し知人から声がかかりました。えらいことを始めたね、何でまた、と……。
実際に他人の目に留まったかと思うと、初回の宣言(2019年3月28日)が格好良すぎて気恥ずかしい......。その時にブログの趣旨は記したので、今回は、執筆に到った些末な動機について、整理してみました。備忘のためです。
実は、1年半以上前に古代史本を出版しました。気負っていて、書きたいことが一杯あったのに、紙面の制約から原稿の相当部分を割愛して上梓。
おまけに、ひとつの書籍として起承転結の形に纏めあげることに注力し過ぎ、詰めの甘いところを多々残したままでした。
悔いることしきりで、今でも不完全燃焼の作品に欲求不満が残っています。
天武天皇が、『古事記』と『日本書紀』の編纂をほぼ同時に命じたことについて、次のように説明されることが多いですね。
「古事記は国内向けで天皇家の私的な歴史書であるのに対して、日本書記は国外を意識して編纂された公式の歴史書である」。
筆者は、この子供だましのようで、こじつけとも思える解釈に、何となくしっくりこないものを感じていました。
『古事記伝』について
『古事記』の注釈書である『古事記伝』を著した本居宣長は、それまで埋没して顧みられなかった『古事記』を江戸時代末期・近現代に蘇らせた功労者です。
『古事記伝』がなければ、現在の古事記研究は存在しなかったでしょう。