理系脳で紐解く日本の古代史

既存の古代史に挑戦!技術と交通インフラを軸に紀元前後から6世紀頃までの古代史を再考する!

8 先史最大の情報伝達革命、「ことば」・文字の発明と使用

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人類進化の大きな画期となった「ことば」の発明
 人類は、「ことば」が使用される以前、意思疎通を表情、身振り、叫び声でやり取りしていたわけです。ノンバーバルコミュニケーションですね。
 アメリカの心理学者メラビアンが実験したところによると、意外なことに、話し手が聞き手に与える影響のうち、視覚情報が55%、聴覚情報が38%を占めていて、言語情報はわずか7%に過ぎなかったようです。

  この結果は、単純な意思疎通であれば、ノンバーバルコミュニケーションであっても、そこそこのやり取りが可能だったことを意味しています。

 しかし「ことば」の発明という情報革命があって初めて、人類が大きく進化し躍進してきたことは間違いありません。人類の言葉の獲得については、以下のような説が有力ですが、これらは状況証拠でしかなく、真実はやぶの中というところでしょうか。


 何百万年もの間、人類の発達は、遺伝的な進化に頼るだけの遅々としたものでした。600~700万年前頃、人類は類人猿と分岐し直立二足歩行を始めたようです。

 現代人と近い体形になってからも、言葉のない人類は単なる哺乳類の域を出なかったといいます。詳細は割愛しますが、オリバー・サックスは、人の脳の発達には言語の使用が不可欠であるという興味深い例を報告しています。
 生まれながらの聾唖者で、音声による言語体系の習得が不可能でもあっても、手話による言語体系を獲得できたら正常な頭脳の発達が行われるようです。言語体系を獲得する機会を持たなかった人は人間としての人格を形成することができず、動物の状態から抜け出せなかったというのです。

 200万年前以降、旧大陸各地に分布していた先行人類がすべて絶滅し、20万年前頃、現代人の直接の祖先となる新人(ホモサピエンス)が現れ、10万年前からアフリカを出てグレートジャーニーが始まりました。

 解剖学的な側面から見ると、直立二足歩行を始めたことで次第に咽頭が下に移動し、単なる叫び声ではない、複雑な「ことば」の発音が可能になったといいます。 
 それによって4~5万年前には石器の製作技術、狩猟技術、芸術感覚などの社会文化的な面において、飛躍的な進歩を遂げたのです。
 直立歩行を始めたことで「ことば」を得た人類は脳容量を拡大させ、抽象化・概念化の能力を向上させたと考えられるのです。
 知識の集積スピードを飛躍的に高め、社会・文化は爆発的に発展しました。まさに言語を獲得してから「ヒト」が「人」として存在するようになったということですね。


 日本列島においては「ことば」はどのようにしてつくられたのでしょうか。
 古日本語(おそらく縄文言語)は、すでに水田稲作農耕技術の到来以前に完成し、「混合言語」として成立していたようです。

 日本語は系統関係がよく分からず孤立した言語のひとつとされます。
 アルタイ語系に属すとされますが、音韻や語彙には南方的要素も多いようです。
 有史以来、漢語圏の影響も受けて来ましたが、言語学的に同じ系統とは認められていません。
 また、日本列島となりの韓語・朝鮮語、日本国内のアイヌ語なども、日本語とまったく系統的関係がないことが明らかになっています。

 したがって現在は、以下に述べる「混合言語説」が有力な説とされているようです。
 日本列島をはさんで北部に広がるツングース語と、南部に広がるオーストロネシア語が日本語を生み出した最有力候補のようです。ツングース語圏は現在の満州からロシア極東地域で、オーストロネシア語圏は現在のハワイからイースター島、ニュージーランドにかけて広がる大変に広い地域です。

 縄文時代中期以降、これらの言葉が日本列島でたがいに接触し、その後、混合することによって現在の日本語の母体を形成したといいます。
 単語の多くはオーストロネシア語に、助詞や助動詞という文法要素はツングース語に負っているようです。

 

文字の発明・使用で、情報の伝達・蓄積能力は飛躍的に拡大
 人類誕生600万年前からの時間軸で見ると、20万年前から言語の使用が始まり、 数千年前から文字の使用が始まったので、人類はほぼ99%の時代を「無文字」の中で暮らしていたことになります。

 「文字」の起源と考えられているのは、紀元前3200年頃の西アジアのシュメール人の絵文字です。紀元前3000年頃には、メソポタミアのくさび形文字、エジプトのヒエログリフ(象形文字)などの文字体系が整いました。
 くさび形文字はアッカド語やフリル語、ヒッタイト語など他の言語にも展開されていきます。世界的にみても特異な漢字は、紀元前13世紀頃、亀の甲羅に刻まれた甲骨文字から発明されたと言われていますね。

 バーバルコミュニケーションである「ことば」の発明が情報伝達における第1次技術革新だとすれば、「文字」の発明は第2次技術革新といえます。
 情報の伝達と蓄積の能力は、量的・空間的・時間的に飛躍的に拡大し、次第に有文字文化が無文字文化に対し文明的な比較優位を占めるようになったとされています。



日本における文字の使用は古墳時代から
 日本列島においても、縄文の昔から「ことば」によるコミュニケーションはありました。離れた集団の間で交易が行われていたので、互いに理解できる言葉が存在したと考えられます。当然、親から子へと、子孫へと代々伝わる伝承(口伝)も存在しました。集団の紐帯として慣習や神話なども代々伝わったことでしょう。

 しかし、確実に過去の痕跡を語る文字となると、古代の日本には存在しませんでした。慣習や神話は、まさに無文字社会の産物そのものです。

 文字が使用されずに思想が定着しなかった弥生から3、4世紀頃までの古代については、真実の事象を確認するのはなかなか困難なことなのです。

 日本列島において、文字はいつから使われてきたのでしょうか。おそらく古墳時代に入ってからではないかとされています。すると縄文時代開始の紀元前1万1000年から古墳時代前半までの1万1500年間は無文字時代ということになります。

 文字を必要とする段階に達した民族は、みずからの手で作りだすか、身近の民族から借りてくるか、どちらかの方法しかありません。長いあいだ無文字が続いた日本の場合、最初に遭遇したのがシナの漢字だったので、以後は、その難しい漢字を借り入れ、利用する道をひたすら邁進することになったというわけです。

 大島正二氏は「漢字が伝来する前に、日本人が文字を持たなかったことはまず間違いない」といいます。
 古代日本に文字がなかった例証としては、2つの文献があげられます。

 『古語拾遺』では、
<上古の世未だ文字あらず、貴賤老小、口口に相伝へ、前言往行、存して忘れず>という文言。

 『随書・倭国伝』では、
<倭国は(中略)文字なし、ただ木を刻み縄を結ぶのみ。(中略)百済において仏教を求得し、始めて文字あり>という文言。

 神代文字があったとする説(トンデモ古代史ですよ)も根強くありますが、学問的には矛盾が多く、日本の古代文字としてはまったく認められていません。


 以上を裏づけるため、次回は、日本における文字の古史料について具体的に言及します。

 

参考文献
『漢字伝来』大島正二
『出土文字に新しい古代史を求めて』平川南
『人類はどこまでチンパンジーか』J.ダイアモンド
『進化しすぎた脳』池谷裕二
他多数