理系脳で紐解く日本の古代史

既存の古代史に挑戦!技術と交通インフラを軸に紀元前後から6世紀頃までの古代史を再考する!

37 日本列島人はどこからやって来たのか(2)

f:id:SHIGEKISAITO:20200104131956j:plain     <荒れる海>

 前回のブログからの続きで、日本列島人の来歴を民族、人種の観点から紐解いてみます。

 

縄文から弥生への移行は平和裏に進んだ
 最近の学説では、紀元前10世紀頃、水田稲作の技術が長江下流域の江南から九州北部と朝鮮半島南部に伝わり、日本ではこれを弥生時代の開始としています。

 

 この時代に生きた人たちを弥生人というわけですが、ここで復習……。
 はたして、縄文人だけだった日本列島に突如、弥生人が大勢やってきて弥生文化に染めあげたというのでしょうか。


 当時は大勢が一挙に移動できる船も航海術もありません。数百年かけてパラパラと渡来し、徐々にシナや朝鮮からの文化、農耕、技術が浸透し、現在の日本文化のもととなる弥生文化を作り上げたとしか考えられませんよね。

 

 このことを分子生物学の観点から深掘りしてみましょう。篠田謙一氏の研究をかいつまんで記すと以下のようになります。

 私たちは両親から半分ずつのDNAを受け取るので、20世代もさかのぼるとその数は2の20乗となり、私たちには100万人を超える祖先が存在することになります。これは1世代を25年で計算しても、たかだか500年ほどの話……。
 この程度さかのぼっただけで祖先の数は数万個と言われる遺伝子の数を凌駕してしまいます。

 したがって、私たちには自分に遺伝子をまったく伝えていない莫大な数の祖先が存在することになります。数百年も続く家系や血統というのは遺伝子から見ればほとんど何の意味も持たないわけです。

 

 しかし、横にそれますが、これをもって天皇家の(少なくとも継体天皇以後の)万世一系を意味のないことと批判するのはあたりません。
 歴代の天皇は男系で継承されてきました。生物学的みると、男子にしか存在しない性染色体Yを歴代天皇はそのまま継承してきたのです。あたかもバトンを渡すかのように。実に神秘的!実に驚異的!

 そういうややこしいことを持ちださなくても、歴代天皇が、千数百年にわたり男系で継承され、独立と統一が維持されてきたという、その歴史的事実だけをもってしても、世界に類を見ない日本の誇りといえましょう。女系天皇でも女性天皇でも良いではないかと、安易な男女同権意識の延長線上でこの「世界に冠たる伝統」を軽々に扱うことは厳に慎むべきです。

 

 農耕民である渡来系弥生人の人口増加率は、狩猟採集民である在来系縄文人よりも高いとされます。
 すると最初の渡来人がたとえ少数であっても、数百年で在来系の集団を数の上で凌駕してしまいます。弥生時代は紀元前10世紀頃に始まったとされているので、混血を繰り返しながら渡来系弥生人の形質が多くみられるようになるのです。

 

 このような最新の研究成果からは、渡来人による縄文人駆逐説や、渡来人の数が100万人にもなるというセンセーショナルな極論や、騎馬民族征服説はあり得ないことになります。第一、すでに確認したように紀元前1000年から紀元後300年頃に、大量の移住者を乗せて外洋を航行できる船は存在しません。
 反対に、先史以来、日本列島に同一民族が存続し続けたというような、一時流行した極端な考え方も今や成り立ちません。


 女性の移動の様子を示すミトコンドリアDNAのハプログループ分布で見ると、日本人の集団は、シナ大陸東北部や朝鮮半島、東南アジアの集団と似ているようです。
 一方、男性の移動を示すY染色体DNAで見ると、シナ東北部と朝鮮半島は互いに似ているのに対し、日本だけが大きく異なることが知られています。
 本来、男性と女性の挙動はほぼ同一であるべきなのに、大きく異なることは示唆的で、篠田謙一氏は大略、次のように解説しています。


 <女性が生涯にもうける子供の数はある程度制限されるが、男性の場合、はるかに多くの子孫を残す可能性がある。例えば、チンギス・ハンに由来するY染色体DNAを持つ人びとがおよそ1600万人にも上るのは、男性の子孫を残す能力の高さを示している。蒙古のように征服による融合があると、特定のY染色体DNAを持つ人の数が大きく増えることになるのだ>。

 したがって日本では、征服による大陸中央部由来のY染色体DNAの流入が極端に少なかったことが、シナ東北部や朝鮮半島との大きな違いをもたらしたようです。

 このことは、縄文・弥生移行期の状況が、海外からの侵略を受けることなく基本的に平和裡に推移したことを示唆しています。

 

 

民族の概念と生物的な形質は一致しない
 「民族」という概念は、文化的なアイデンティティが基礎になっているので、地域集団の生物的な形質「人種」とはまったく関係がありません。私たちが漢民族として一括して認識している集団は、ミトコンドリアDNAから見ると均一ではないことが判明しています。

 民族、すなわち文化的側面という視点で光を当てると、日本民族は、朝鮮半島北部やシナ大陸北部とは大きな違いがあるのです。


 照葉樹林文化とからめて見てみましょう。
 長江流域の江南地方は、温暖で雨の多い照葉樹林帯に属しています。
 稲作開始以前から、農耕などの生活様式が共通する照葉樹林文化が、江南地方から朝鮮半島南端部、日本列島の関東・北陸以南まで広がっていました。

 江南地方では、前漢の時代から農地開発が進み急速に人口が増えます。
 ここで盛んになった稲作は、照葉樹林文化を内包しながら、入江の続くシナ大陸を北上し、山東半島を経由して朝鮮半島南部と九州北部に伝わったと思われます。
 正確に言えば、半島南部はほとんど素通りするようにして九州北部に伝わったと見るべきでしょう。

 

 朝鮮と日本は民族的に異質というのが通説的な理解だと思いますが、古代においては半島南部と日本列島は意外にも親和的だったようです。次のような民族移動の玉突きを理解すればこの謎が解けます。

f:id:SHIGEKISAITO:20200208141029j:plain   <八幡和郎氏の著作を一部修正して転載>

 もともと日本列島には、旧モンゴロイド(新モンゴロイド以外の多様な原アジア人の総称)が、住んでいました。彼らは、3~4万年前に樺太から北海道に至るルート、北方アジアから朝鮮半島経由で九州に至るルート、シナなどの南方地域からは朝鮮半島沿岸経由か南西諸島を経由する3つのルートでやってきます。最終氷期にあたり、間宮海峡や宗谷海峡は陸続き、津軽海峡や対馬海峡も狭く、大陸から日本列島まで比較的容易に往来できた時期です。
 彼らはいずれもアセトアルデヒドを分解する能力に優れた原アジア人で、日本列島で混血して縄文人となりました。

 その後、1万年前頃からの温暖化で海進が進み、列島が大陸から隔絶されたことが新たな人の流入を阻害し、ユニークな縄文人が生まれた一つの要因ともいわれます。

 

 一方、約2万年前にバイカル湖北方にあり、寒冷地域に適応した身体的特徴を持つ新モンゴロイド(原アジア人の一部)が南下、シナ南部の江南地域に移動し長江文明の担い手となります。彼らは7000年ほど前には水田稲作を開始。
 その後、彼らの一部が江南から山東半島、朝鮮半島沿岸経由で、弥生時代の初め頃から日本列島に渡来したと考えます。もちろん、一気呵成に渡来したのではなく、彼らは長い期間に少しずつやって来たのです。

 

 一方、新モンゴロイドが南下して空白地帯になった北東アジア一帯には、モンゴル人や満州族、朝鮮族という騎馬民族系が進出します。日本列島人と民族的・文化的に近似する韓族は朝鮮族によって朝鮮半島南方に追われます。
 したがって、朝鮮半島北部は騎馬民族系文化で、半島南部と日本列島は民族的な共通性が大きかったのです。

 

 古代の文献に頻繁に登場する「倭人」を日本列島人と考えてしまうと、古代史の見方を誤ってしまいます。
 倭人は九州北部、西日本の島嶼部、朝鮮半島南部から遼東半島付近で活躍していた海洋民族の総称と捉えるべきでしょう。紀元前後まで、この一帯には国家や国境という概念はなく、人びとは縦横無尽に移動していました。
 「倭人」とはこれらの地域をカバーする同一的な文化を持った地域集団と位置づけるべきでしょう。

 


 一方、 私たちが通常、日本というときには、日本文化をベースにした国家をイメージしています。現在の日本文化は、長い歴史の中で縄文・アミニズム的なものに神道的な要素が加わり、仏教が入り、雅な宮廷文化、武士社会のわびさび、そして欧米文化などが混然一体となって出来上がりました。それらを共有する国が日本国であってそこにはさまざまなDNAを引きずった人種が混じりあっているわけですね。

 

 サンケイ新聞10月8日朝刊、オピニオン面の記事、村井友秀氏による『ラグビー日本代表は未来の日本』は面白かった。その中で、人種、国籍、民族について分かりやすく説明しているので、以下に抜き書きして、今回のブログをしめます。

 

 <人類を分類する方法は3つある。人種、国籍、民族である。>

 <人種は、人間を白人や黒人など外見で区別した形質人類学上の分類である。人種は遺伝子によって決まる。生まれてから死ぬまで人種は変わらない。他方、国籍は人種とは関係なくその人が所属する国家によって決まる。国籍は人種とは違い自分の意志で変えることができる。生まれた時と死ぬ時で国籍が変わることは有り得る。>

 <もう一つ人間を分類する方法がある。それは民族である。民族とは、歴史的に形成された共通の運命を持っていると主観的に信じている人間の集団である。民族は、現在でも国際関係の主役である。例えば、ユダヤ人は外見が異なる多くの人種や様々な国籍で構成されているが、自分がユダヤ人だと思っている人がユダヤ人であり、一つの運命共同体(民族)として苦難の歴史を戦ってきた。民族は人種や国籍によって決まるのではなく、主観的・感情的な「民族意識」によって決まるのである。>


 徐福渡来説、古代朝鮮優位説については、稿を改めて言及します。


参考文献
『日本人になった祖先たち DNAから解明するその多元的構造』篠田謙一
他多数